まりりんウィーク’24②

2023年はひたすら[まりりん]を視聴したといえる。YouTubeをはじめ、[まりりん]のブログ[はんせいぶん。かんそうぶん。]の存在と、[マリヘラス!]というツイキャス配信があるのをを知り、スマホのプランを「使いホーダイ」的なものに切り替えた。X(旧Twitter)やFacebookもされているが、ほぼ視ていない。

[まりりん]以外も、界隈を積極的に観た。というのも邦楽、歌謡曲を知らなすぎて情報収集的にという意味で。『ザ・ベストテン』などの頃までならなんとか知っているが、以降はちんぷんかんぷん。[まりりん]とは世代が違うので[マリヘラス!]で歌われる曲のほとんどが分からないという有り様。

歌唱力だけでいえば、[まりりん]と同等、もしくはそれ以上の人も居る。[まりりん]も相当だが完璧ではない。でも、「そこがいいねん」と思わすものがある。“味”になる強み…これはご本人も意識できない、やれない部分…日頃の人格とか生活とか思いとかが滲み出ての発露を勝手に良いほうに感じ取ってるだけかもしれない。

 

過去の音楽経験(かすった程度)から、“サリエって”聴く(過去記事参照)習慣付いた僕は好むハードルが高いと自認していたのに、カバーバンドのボーカルに心を奪われるとは思わなかったので「何故」がつきまとう。「上手いから」「可愛いから」「面白いから」とかだけではない“なにか”は何か?

“魔性”とか“呪術的”とか…そんな類か?

歌が第一義なのはそうなのだが、あえてそれ以外も考えてみる。

 

祝(?)まりりんウィーク’24①

さあ、[まりりん]ウィークですな。

 

なんでか?といえば、きたる6月20日

[まりりん]誕生日、ということでかこつけて設定した次第。

このブログの主目的のひとつに、[利理鈴まりりん]の魅力の広報、拡散の一助になれば…との勝手な思いもあり始めたので、集中して[まりりん]記事を上げていきたいと考えた。

「良い歌い手、いてまっせ!」

 

で、以前にも書いたが改めておさらい、「おまえ誰やねん?」ですが、大阪在住の還暦前の、猫とタバコと音楽を愛する独身ハゲデブおっさん…なのだが、とくに取り柄はない。「くだらねえ」とつぶやいて冷めた面して歩いている。いつの日か輝くとは想っていない。ダラダラとした生活を送り、それほど友人も多くなく、向上心があるわけでもなく「まあええか…」と過ごす人生だと思っている。基本人嫌いで、もちろん貧乏人。

若い頃は「音楽で生きる」を目標にプロを目指すも、早々に挫折し、猫に救われる。

 

そんな日常に降って湧いたのが、[まりりん]!

 

2023年1月、YouTube視聴で偶然発見し漁り始める(過去記事参照)。

自分でもわからないのが、「何故こんなに“お気に入り”になったのか?」だ。僕にとっては“最後のディーバ”くらいに思っていて、洋楽かぶれ野郎だった者としては意外すぎる。聴き込むにつれ名だたる世界的シンガーと並び、いや、それ以上かもしれないほど惹かれる存在となった。

“ものぐさなデジタル音痴おっさん”を突き動かすものは、なんだろう?

 

 

時には無粋な音

[マイク·オールドフィールド]の名前は知らずとも、いまだにバラエティー番組のホラーシーンのバックに流れる音楽は聴いたことがあるでしょう。映画『エクソシスト』に使われた、彼の『チューブラー·ベルズ』というデビューアルバムの冒頭部分。ヴァージン·レコードの第一弾レコードとしても名を残す。

当時20歳くらいで大ヒットし一躍世界的名声を得たが、その前からプロとしての経歴があり、姉とのデュオ[サリアンジー]や、なんといっても[ケヴィン·エアーズ]のバンド[ザ·ホール·ワールド]が大きく、“天才少年”として知られていた。

 

『チューブラー·ベルズ』『ハージェスト·リッジ』『オマドーン』は初期三部作として評価が高く、次作『呪文』も含め四部作は[マイク·オールドフィールド]の全盛期になるのだろう。あと、映画『キリング·フィールド』の音楽も、[タレガ]『アルハンブラ宮殿の思い出』のアレンジも印象的だ。

 

音楽としては、ほとんどの楽器を自ら演奏し、オーバーダビングをして作り上げるスタイルで、アルバムを通し1~2曲で“プログレ”や“ニュー·エイジ”“ミニマル”に括られることが多い。

 

僕が推すのは、三作目『オマドーン』A面だ。

最初聴いた時、「なんか…未完成じゃない?」と感じた(未完成が悪い訳ではない)。どこがか?といえば、音が少しチープな印象と、妙なタイミングのズレ、シンコペーションとは違うズレが随所にある、なにより僕個人のワールド·ミュージック·ブームで「白人による似非エスニック色がダサい」思いが強く感じたところか。時代的に今の機材とは雲泥の差(1975年)ではあるが、差し引いてもどうもね…ほんまに「狙い通り?」

アタックの強すぎるエレキギター、ポコポコなアフリカン·パーカッション…いや、エンジニア経験もある人なので狙いは的を外さないでしょう?時間的に制約はあったかも知れない。

それでも、何故かまた聴きたくなって“違和感の正体”を探すが、見つからない。耳が慣れたか、あまり気にならなくなり焦点は曲の構成などに移る。

20分弱、不思議で呪術チックな主旋律から始まり、アコースティックギター(ブズーキ系?)でなぞるが、ここが“ズレ”ポイント…やっぱりわざと外すようにずらしているとしか思えない(そう演奏する楽器?)。グルッと場面転換し、一気に上空からの視点にパーンしたよう。ゆっくりと牧歌的な雰囲気を醸しアルプスを越え“アフリカ”へ(空想)、相変わらず“無粋”なエレキギターが導く。

主旋律がアフリカンパーカッションにのりコーラスされ徐々に登り、いつの間にかパーカッションは倍速に…コーラスはシンプルなキー音主体に変わり、無粋なエレキギターと共に“天昇”、パーカッションの余韻でA面を閉じる。

あれ?

このストーリーにどんな意味があるのか、はたまたないのかわからない。『オマドーン』という語も結局よくわからない。

ネガティブな印象だったのに、何故か分からないが涙がでるほどエモーショナルだ。

 

B面は語れない…ほとんど聴いていないから。

 

“無粋”とは書いたが、この少しの粗野具合な音が物語の“語り部”として合っていると今では気づく。

新しい機材を使いもっと精緻に再現すると想像してみても、この感動に繋がるかどうかは疑問だ。“粗い”響きも…引っかかって残るその人だけの“味”なんですね。

“真理”オタクの覚悟

以前勤めていた職場の施設内に小さな書店があって、定期講読している雑誌などをそちらで取り寄せてもらい購入していた。また、不定期で気になる本なども作者やタイトル、出版社を書いて取り寄せてもらい常連顔して入手した。

難しそうな本を多く注文し、「本好き、インテリ」と思われたいと考えての事だが、店員の女性に気に入ってもらいたい“下心”がほとんどだった。

当然、本は手に入っても…まあ、貧乏性なせいか一応読んではみるも、内容は「ちんぷんかんぷん」で、9割以上解らない。それでも懲りずに注文を繰り返し、解らない本が増えていくだけだった。その彼女はしばらくして結婚を機に退職したが…青春とはバカですな。

 

フランスの哲学者、思想家に括られる

[シモーヌ·ヴェイユ]

という人がいるのだが、どうも彼女、他人の不幸への感受性が鋭く強く、中国で大飢饉のニュースを知り泣いたりして「世の中の不幸は自分のせい」と思ってしまうような人だった。

1909年生まれ、激動の時代。元々身体が強くもないのに、そんな心では身が持たない…他者の苦しみを知るため進んで過酷な工場で働き、戦場にも行き、「フランスの人は食べてないから」と、粗食になり、給料の半分を労働者の組合に寄付したり…と生活はかなり苦行化する。最期は衰弱しきって運びこまれた病院で、手術も食事も拒否し自殺と記載された。34年の生涯。

死後は[カミュ]や[サルトル]の実存主義派らにも取り上げられたらしいが。

また、「真理に近づきたい」との思いも強烈で、生活が苦行下にあっても思索追求し続け、晩年は“奴隷の宗教”キリスト教に接近した。きっかけは、ポルトガルで“聖歌の響き”を耳にして…らしい。

 

若い頃、同時期にソルボンヌで学んでいた[ボーヴォワール]が綴るエピソードに…

シ「世界で重要なのはただひとつ、あらゆる人々に食べ物を与える革命だけだ!」

ボ「問題は人々の幸福を作り出すことではなくて、彼らの生活に一つの意義を見いだすことだ!」

シ、一瞥して「あなたが一度もおなかをすかしたことがないっていうことがよく分かるわ」

なんか…痛快だった。

比べる訳ではないけど、今では[ボーヴォワール]の知名度が遥かに高く昔話としての紹介ではあろうが、[シモーヌ·ヴェイユ]の視点がよく判る話として強く印象付いた。

着るものに無頓着で、いわゆる“自身の幸せ”よりも“真理”“弱者救済”を追い求め苦悩し続け、“利他”に尽くした短い人生…「こんな人もいた」と知った下心の読書。

 

おっと、ウチのにゃんズが騒ぎだした…夜食の時間だ。おそらく空腹知らずな彼らは[ボーヴォワール]的に、なんか”意義“を見いだしたかな?

 

 

分離不可

ジャズ聴き始めの頃、“名盤100選”みたいなガイド本を頼りに盤を選んでいたが、その中にあったベーシストのリーダーアルバムが

『直立猿人』

『ミンガス·プレゼンツ·ミンガス』だ。

どちらもジャズ史に残る名盤として必聴とのこと。まあ、その後にわかることだが、[チャールズ·ミンガス]に駄盤はないわな…

ベーシストのリーダーアルバム、なかなか数が少ない印象で、あってもなんか“ご褒美”的な、言葉は悪いが“ついでに録っとけ”的な…名前を冠しても売れなかったんでしょうな、あまり無い。

その点、[チャールズ·ミンガス]は唯一といってもいいほどリーダーアルバムを出していた。やはり、そのベースプレイは強力に聴くものを惹き付ける。「グイグイ」という表現がピッタリで、ミンガス後は他のベーシストが物足りないと感じてしまう。

アレンジにどれ程関与したかは知らないが、『直立猿人』でのアプローチはビッグバンド並みの厚みで凄い迫力なのだ(実際はクインテット)。どうしたらこうなるのか?

さて、僕は『ミンガス·プレゼンツ·ミンガス』を先に、何か微細な違和感を感じながら聴いた。全4曲、曲前にナレーションが入る…1曲目『フォーク·フォームズ·No1』(超かっこいい!)[エリック·ドルフィー]のアルトサックス、[テッド·カーソン]のトランペットの絡み方…2曲目『フォーバス知事の寓話』の歌詞付プロテスト色…ジャズにしては確かに少し「あれ?」だが、そんなんじゃない…ドラムだ…ドラムの音が“生々しい”のだ。録音の問題かも知れないが、妙な耳の残り方をする。プレイもこれまた不思議、つんのめってる感じがするのにちゃんと“スウィング”してる!相容れないハズなんじゃないの?

当時はまだドラムを叩いていた僕は、パニックにも近い状態、「訳わからん!」。

“スウィング”の感覚を捉えられずに苦闘していた。“体得”するしかないのに、頭で考え「黒人にしかできない…」。無理な理由を探して…止める理由を探して…

 

[ダニー·リッチモンド]

決してビッグネームではない。しかし、ミンガスは必ず彼を指名しプレイした。欠かせない相棒として。御大の下、自由に暴れて支えた。ミンガス死後[ジョージ·アダムス=ドン·プーレン·カルテット]の一員として[ライブ·アンダー·ザ·スカイ]でその姿を見た時、プレイの健在ぶりが確かめられ嬉しかったが…

 

実は僕にとって『ミンガス·プレゼンツ·ミンガス』はA面2曲の印象しかない。「お腹一杯」になってしまっているのだ。ピアノレスカルテットの“疲れる”濃密な音…それでもやっぱり名盤だ。

シネマグラフィティ③

僕のハンドルネーム[casbahteng]は、[カスバ天狗]という造語だが、由来は“カスバ”、北アフリカイスラム圏の城塞と“天狗”、元来は中国で「音を発しつつ天空を自在に駆ける流星」というのを何かで読み知り、音楽家を志していた者としては「かっこえーやん!」と、いつか使いたく思い、「合わせてみました~」ってところ。僕の名前はどーでもいいとして…

 

1937年 監督 ジュリアン·デュビビエ フランス

『望郷』

 

[ジャン·ギャバン]主演のこの映画の舞台がアルジェのカスバ。城塞とはいえ、階段状の路地が拡がる迷路のような街並みで、色んな出自の人間たち、ならず者が身を隠すには最適な造りだ。[ジャン·ギャバン]の役柄もパリの泥棒、カスバを支配したものの、何か充たされない思いを抱え過ごす。そんな時、パリからの「メトロの匂いがする」女“ギャビー”[ミレーユ·バラン]と出逢ってしまう。

もう気持ちを押さえられない、“パリ”へのどうしようもない憧憬。

しかしお尋ね者の身、カスバを出れば捕まってしまう…覚悟を決めてギャビーを追いカスバを出る…

 

原題『ペペ·ル·モコ』は[ジャン·ギャバン]の役名だが、それを『望郷』とした当時の担当者も偉い。

 

“カスバ”は彼の地に点在しているらしいが、アルジェのカスバは今では世界遺産となり観光地でもある。映画で描かれた“陋巷”ではなくなったかも知れない。でも、僕のイメージは、余所者が簡単に入ることができない怪しさに満ちた場所のまま…余所者のロマンチックなだけなワガママは届かないか。

 

ウチの猫に“ペペ”“ルー”モコ”と名付けた者としては、外すわけにはいかない映画です。

“望郷”の念…離れて初めて知る思い、戻りたい場所。僕の故郷はどこだったっけ?

嫌いなはず…

パチンコが嫌いで…というよりギャンブル系は何もしない。「お金が増えるかも」ってことで射幸心を煽るのはわかるけど、「“ゲーム”としてそんなに面白いかね?予想的中がそんなに嬉しいかね?」って思っちゃう。単に博打の才能“博才”がないだけなのも一因ではある。よくカモられたもんだ…(笑)

僕が知らなすぎる世界で、依存する人が多くいるのは“本能的な何か”が刺激されるのだろう。

なんの因果か、そんな僕が景品交換所のおばさまの管理、指導の仕事をしていた事があって、おばさまが休むと僕が座ることになる。若い人は“寡婦”ってわかるかな?戦後、初期は戦争未亡人が多くいて、その方々の職を確保するために優先的に採用していたらしい。自治体によって違いはあるが、大阪府は一社独占(民間ではなかったような)で、ようやく緩和されての新規参入で勤務会社が手を挙げたと。旧体制の組織はまだ堂々と「寡婦募集」の求人を出していた。

パチンコは嫌いだったが、その仕事はなんか楽しかったなぁ。

 

『パチンコ』が大好き、[憂歌団]の。

[内田勘太郎]のギターが最高なのよ!

“パチンコ”がなければこの名曲はなかったわけで…うーん。

 

自分がイヤだと思う空間も、そこが好きで仕方ない人がいる。仕事が終るのももどかしく、ランランとして直行。

世間知らずな僕はまず、鼻唄で…

♪パチンコパチンコ パチンコにいくのさ~